自己表現の意味

こんばんは。

藍沢優作です。

 

 

自己表現って何のためにするのでしょうか。

 

それは、自分のことは人にわかってもらえないけど、わかって欲しいからだと思います。

当たり前と言えば当たり前ですが。

 

 

周りの人が、自分のしたいことを何も言わなくても察してくれて、欲しいものを提供してくれるなら、表現なんてする必要がありません。

 

もしそうなら、猫のように勝手気ままに生きていればいいだけです。

猫も猫なりに表現してますけどね。

 

 

 

でも、そんなわけないですよね。

 

そして、人にはわかって欲しいけど、自分のことを表現したくてもうまくできないという人はとっても多いと感じます。

 

 

表現できないと言っても、それは表現する能力の問題か、表現することが許される環境があるかどうかの問題、の二つに分かれると思います。

 

後者の環境に問題がある方が数としては多いと思いますが、どちらも辛いことですよね。

 

 

 

ここで僕の話になってしまいますが、昔抱えていた悩みを書かせてください。

 

僕の場合は前者の表現する能力の問題でした。

 

 

 

僕のことなんて、誰もわかってくれない。

小さい頃からずーっとこうやって思ってきました。

 

 

一番辛かったのは小学生の頃、(自分にとっては)大きな悩みを抱えていて、でも一人で抱えるのが辛くて誰かに伝えたかった。

 

でもうまく言葉にできなかったんです。

 

恥ずかしいとか、言いにくいことがあるとかではなく、言語化ができないという単純な問題です。

 

人に伝えたくてもがいていたのですが、どうしてもできなくて、いつしか伝えるのを諦めるようになっていました。

(人にわかってもらいたいと思っていたはずなのに、気づいたらいつの間にか、人にわかって欲しくなんかない、という偏屈人間に変わってしまいましたが笑)

 

 

僕が思いを伝える能力がなかったのは、単純に国語力の問題とかではなく、悩みを自分自身がちゃんと理解できていなかったから、だと思います。

 

 

それから時が経ち、今ではもう表現するのは苦手だとは思っていません。

 

それは、文章を書くトレーニングをしたからとかではなく、本をたくさん読んだのが大きい気がします。

 

本を読むことで、自分の悩み、考えは何かという理解が形作られてきたということです。

語彙が増えたとかそういう問題では全くありません。

 

 

そのおかげで、今では悩むことも少ないし、たとえ悩んでも、この先の人生どうするかとかいうくだらないことくらいです。

 

 

 

 

僕の思い出話で逸れてしまいましたが、自己表現の話に戻します。

 

人は社会的な生き物なので、自分の気持ちを他人に共有したい、わかってもらいたいという思いがあるものだと思います。

 

セラピストらしく、「そんな辛い時は僕に打ち明けてくださいね」みたいなことはしょうもないので言いません。

 

あなたが猫で、何でも叶えてくれる優しい飼い主がいるならいいのですが、そうでないなら、

誰かに言うでもいいし、他のどんな方法でもいいので、何かしら、1人で抱えない術を見つけてもらえたらいいなと思います。