三重人格者?

「新しい言語を学ぶことは、
新しい人になるようなものだ。」

 

こんばんは。
トリリンガルセラピストの藍沢優作です。

 

人間は言語が無ければ思考できません。
何かを考えるとき、声に出さなくとも頭の中で言葉を並べています。
試しに今悩んでいることを、言語なしで考えてみると、できないとわかると思います。

 

面白いのは、考えるのに使う言語が違えば、考え方も変わるところです。

例えば日本は米の国なので、稲と米を区別して呼びますが、英語はriceのみです。
英語では米と稲は同じものなんです。

例えば、空に沢山飛んでるカラスは、どれをとっても同じカラスですが、ある世界では、世の中に存在する全てのカラスが、それぞれ別の生き物として名前を持っていて、同じものとは認識されない、と言う感じです。(そんな言語は実際にないと思いますが)

 

 

つまり、言語は「世界の切り取り方」なんです。職業名が一切無い世界では、医者も弁護士も、大統領もセラピストも、同じ「労働者」です。

 

これらは「名詞」の例に過ぎませんが、文法にも世界の切り取り方の違いが顕著に現れます。これ以上はここでは書きませんが、興味のある方は是非聞いてくださいね。

 

 

世界の切り取り方が違えば、世の中の捉え方もそれに伴って変わります。
だから、外国人と考え方が違うのは当然です。それがカルチャーショックです。

 

そこで最初に戻りますが、新しい言語を学ぶことは、新しい世界の捉え方を学ぶこと、とも言えるんです。
僕自身、ある国に住んでその言語ばっかり使い、思考もその言語になり始めると、自分が別人になったかのような、不思議な感覚になる事もありました。

 

 

でも今は夢は日本語で見る事がほとんどなので、そこまで染まってないというか、全然日本人なので、外国人みたいなキャラは期待しないでくださいね。笑

(グローバル化で英語が世界中に広まっていて、日本にも「マッサージ」など外来語が多く浸食してきているのと同様、世界中の言語にも英語が影響してきています。
その言語にしかない「切り取り方」が段々減ってきてしまっていて、ちょっと寂しいです。それでは外国語を学ぶ楽しさが半減してしまいます。)