セックス至上主義

こんばんは。

トリリンガルセラピストの藍沢優作です。

 

 

人は何のために生きているのでしょうか。

 

 

僕には明確な答えがあります。

 

それは、幸せになるためです。

 

 

当然ですよね。

不幸になりたい人なんていません。

 

 

じゃあどうやって幸せになればいいのか。

幸せを感じる方法は沢山あります。もちろん人によっても様々です。

 

白い米を食べる、温泉旅行に行く、好きな洋服を着る、仕事で成功する、太陽を浴びる、好きな音楽を聴きながらウイスキーを飲む、スーツを作る、サウナで整う、読書する、革靴の匂いを嗅ぐ、とか。

(あくまで例です、僕のことではありません)

 

 

どれも素晴らしいことですが、欠かせないものが一つあると僕は思います。

それが恋愛であり、セックスです。

 

 

以前も何度か言っていることですが、人が生き生きとする為には、そのエネルギーが必要だと僕は思います。

 

恋愛やセックスと言っても、それは普通に恋をして、その人と一緒になってセックスをする、というだけのことではありません。

 

合体することだけではなく、キスをすることも、手を繋ぐことも、一緒に食事をすることも、芸能人に憧れることも、広い意味でセックスと言えると思います。

 

 

つまり、恋愛対象となる性の人からときめきをもらうこと、身体的にはなんとかホルモンが出ること?、が必要だと思うんです。

 

 

 

そしてそれは死ぬまで一生あるべきだと僕は思います。

 

むしろ、それがずっとあれば健康でいられるし、ボケないし、死なないんじゃないかとさえ思います。

 

 

 

今の世の中では、1人の愛する人と一生仲良くし、セックスもし続けるというのが理想みたいな考えがあります。

 

海外でも未だにそういう考えが主流の国が多いですが、いつからそんな世の中になったんでしょうね。

 

 

確かにそれはそれで素敵なことだと思いますが、そうでないことは悪いこと、というのは絶対違うと思います。

 

自分の心のおもむくままに、好きなように恋愛やセックスをすればいいです。

 

それが法律や道徳に反するものであっても、その人の自己責任です。

 

自分の心と世間とで、うまく折り合いをつけられる選択をすればいいと思います。

 

 

冷たい言い方になりますが、誰がどんな選択をしようが僕には関係ありません。その人だけの問題です。

 

でも、自分が1番幸せになれる選択をみんなができればいいと思います。

 

たとえ人に後ろ指を指されても、そんな人とは無視してしまえばいいだけです。

 

何かに依存や執着しないで生きていくこと。

別に世間から嫌われようが、見捨てられようが、自分は1人でも生きていけるようになること。

 

 

全ての人がこうであることが僕の理想です。

 

 

(偉そうに言っていますが、僕にはそれが完全にはまだできていません。これからもそれを目指し続けます。)

 

そういう世の中になれば、人は皆もっと自由に生きられると思います。

 

そしてその生き方が、人が幸せになる為の答えな気がします。

 

以上、教祖様より。

 

 

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