「アリとキリギリス」の様々な結末

 

 

こんばんは!

TaCITの朝比奈です。

 

メチャクチャ突然ですが、

タイトルのお話しはなんとなく皆さんご存知かと思います。

 

原典は、イソップ寓話の「アリとセミ」と言われていたり、地域によって結末が違ったり、登場する虫が違ったり(ロシアではキリギリストンボ)と、このお話しは非常に興味深いなと思い感じながら日々を生きております。

基本的なお話しの流れは

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夏。

アリはせっせと働き冬を越すための食料を蓄える。一方、キリギリスは「エサなんてたくさんあるじゃないか。楽しく歌って過ごせばいいじゃないか」などとアリに言い歌に邁進する日々。

秋。

引き続きキリギリスは歌って過ごす日々。

 

 

冬。

あたりを見渡してもエサがなく困ったキリギリスがアリの家を訪ね食料を分けてくれないかと交渉。

 

「どうしてあなたは夏の間に食料を溜めておかなかったんですか?」とのアリの問いかけにキリギリスは「暇がなかったんです。毎日歌を歌っていたから..

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といった感じに進んでいきますが、

この後の結末に、各地域の人間性や個々の考え方が分かれるという。

結末1

「あなたの歌がまた夏に聞きたい。さぁ、どうぞ食べてください。」とアリがキリギリスに食料を分け与え、キリギリスは涙を流し感謝した。

反省したキリギリスは次の夏、まじめに働きましたとさ。

 

結末2

アリは笑いながら「夏に歌を歌ったのなら、冬は踊ればいいじゃないですか」とキリギリスに言いはなち扉を閉めた。

結末3

アリは笑いながら「夏に歌を歌ったのなら、冬は踊ればいいじゃないですか」とキリギリスに言った。

するとキリギリスはこう答えた。

「歌うべき歌は、歌いつくした。私の亡骸を食べて、生きのびればいい。」

 

この3つの結末って非常に興味深いなと思うんです。

 

日本で浸透している考え方や学校で習う結末はたしか1のはずです。

無償な善の行いや勤勉さを美徳とする日本社会はアリを模範とした考え方があるのではないかと推察します。

ちなみに原典にはこの結末はないそうで、おそらく日本社会向けに日本で書き換えられたものかと(日本とスペインだけがこの結末という説もどこかでみました)

2の展開は、どこの地域だったか忘れましたが、

 

「アリのようにせっせと働きばかりしている人間は、窮困者へさえ助けの手を差し伸べようともせず、そんな人間を嘲り笑うような冷酷な狭い思想になってしまう。

 

キリギリスのようにろくに働かず怠けているものは後に苦しむ事となり行動には責任が伴う」

といった、わりとシビアな捉え方だったはずです。

 

3はそれぞれの考えを持つ者が違った生涯を全うするという捉え方です。

 

私は非常にキリギリスの気持ちがわかる派ですが、アリさんもアリさんで頑張ってるな〜って思うんです。

 

みんな違ってみんないい。

 

個性はその人にしかない魅力。

 

みんながそうだから。

 

みんながそうするからそうする、みんながそうしないからそうしない。

 

なんて事ではなく

自分の気持ちに正直に生きるのが人間は一番幸せなんじゃないか。

と、日々思い感じながら生きております。

 

そんな訳で

私は結末3が個人的には好きです。

 

アリの人生もひとつ、キリギリスの人生もまたひとつ。

皆さんはどの結末がお好きですか??