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Diary
写メ日記

‡舌烈絶味‡

2021/08/21 諸葛求

週末の晩餐に、久々クラフトビールを舐めたついでに、日記を書きます。

 

キスの上手さの指標として、サクランボの枝を舌で結べるかテストがありますよね。

私、出来ちゃうんですよね、コレ。

 

実はちょっとしたコツがあって、それさえ知ってれば大抵の人はできるんですけど……。

 

やり方、知りたいですか?

それはまぁ、会った時にお教えしますとして。

 

舌の運動を鍛えるのには、実は味覚も関係しています。

 

まぁその辺は味蕾の機能とか専門的な知識を漁ってもらえればいいと思うのですが、経験上、やはりグルメな人って、舌の感覚が微細なので、「舐める」ことにも長けています。

 

私の今の生き甲斐といったら、美味しいものを食べる事くらいなので、味覚は気をつけております(なので、紙タバコは吸いません)。

 

グルメ舌が秘所を舐める時、どういった動きをなぞるのか……。

 

ご想像だけで、果たして足りますかどうか?

‡時代言語‡

2021/08/15 諸葛求

ここ1、2年、ヴェイパーウェイヴというジャンルの音楽に嵌っている。


口で説明するのも難しいので、
適当にYouTubeなどで検索してもらえれば好いかと思うが、私が捉えるに、これは都市生活者にとっての民族音楽、フォークロアに近いのではないかと密かに感じている。


つい最近も、松原みきの「真夜中のドア」という、
80年代にリリースされたシティ・ポップが、世界的にヒットチャートを駆け上がったそうだが、
(補足すると、こうしたシティ・ポップの音源は、それこそヴェイパーウェイヴやその派生であるフューチャーファンクの主要な素材として用いられる)
加速主義の行き着いた果てにぶち当たった現代人の閉塞感には、こうした「輝かしき未来を盲信していた時代の」コンテンツこそが、むしろ耳に懐かしく心地いいのだと思う。


大量消費時代の文化がリバイバルされているのは、
何も音楽という枠組みに限ったことではない。


小さい頃ビデオゲームフリークだった私にとっては、
最近ピクセルリマスターされた「ファイナルファンタジー(1~6)」シリーズなどは、まさに世代直撃というところであるし、15年越しにようやくリメイクを遂げた「エヴァンゲリオン」などは、結局7年も前に連載を完結させているコミックの筋書きをなぞる形で自己模倣に終わった。


シミュラークルなどという手垢にまみれた社会学用語を
今更引っ張り出すのも失笑ものだが、物理的拡張が限界を迎えつつある昨今の科学世界にあっては、今日も金太郎飴のごとく排出される「アイドル(Idol=偶像の意)」という理想人のアーキタイプが、「推し」という呼称を隠れ蓑として宗教的崇拝を受けている。
物質の潤沢さを追い求めた行き先がこの有様とは、皮肉と云うより外はないだろう。


粗製乱造のチープな未来を風刺するものとして発生したはずのヴェイパーウェイヴ。


うず高く積み上がったプラスチックのガラクタの山の中で、
似たような環境音を淡々と拾い集めるその設計思想に、どこか私が安らぎを覚えてしまうのは、何より自分自身が同じく何かの代替品であるという、漠然とした感覚に浴しているからに違いはないだろう。


先程のゲームの例になぞらえるなら、
ここはもう魔王を倒したあとのRPGの世界だ。
ここにはクリアすべき目標はもはや無い。
私はレベルの頭打ちに達した状態のまま、さしたるイベントとも強敵とも遭遇しない、誰かがマッピングし終えたフィールドの上を、無目的のまま延々とうろつくのみだ。
エンディングが決して訪れないソーシャルゲームに、かつての私の同族たる若者たちが日夜血道を上げているのも、最近はなんとなく頷ける気がする。


私は自分を、いつでも遅れて来た者だと思っていた。
黄金期と呼ばれる時期を過ぎた頃に現れては、先達の残した足跡をただひたすらに解読する毎日。
アメリカの文学作家、トマス・ピンチョンの著には、「Slow Learner」という短編集があるが、まさしく私は「のろまな学生」であり、先見を持つプロメテウスに憧れるまま、エピステーメーに縛られ続けるしがない虜囚に過ぎないのだ。


ループ再生するパターン化された映像と音列の海に浸かりながら、
のろまな子である私が為すべきことは、一体何なのだろうか。


“ただ、一さいは過ぎて行きます。”


、、、
かぶれでも何でもなく、いまの私を形容するにここまで相応しい引用もあるまい。


“ただ、一さいは過ぎて行きます。”


願わくは、過ぎ去ったもの達が綺麗なものであるように、
過ぎ去ることでも綺麗なままであるように、過ぎ去りつつある時を引き止めずにいられるように、穏やかな諦めを持ち続けていたいと、強く思う。

 

【出勤情報】
8月
16(水) 21:00~翌9:00
17(木) 21:00~翌9:00
18(金) 21:00~翌9:00
19(土) 9:00~翌9:00
20(日) 休み

 

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‡還情戦廻‡

2021/08/14 諸葛求

こんなことを書くと、専業の方には総スカンを喰らいそうで後が怖いんですが、女性用風俗というサービスについて、私はいわゆる「卒業」(←何からの?と言いたくなる表現な気もしてますが……)や「利用お休み」というものに関して肯定的です。

というのも、今日の社会にあっては、「遊び」の形態は飽きるほど多彩な訳でいて、そんな中で敢えてひとつの「遊び方」に己の財や時間を注ぎ込むのは、少し勿体ない生き方な気もするのです。

いよいよ終身名誉万札に格上げされようとしている、みんなの人気者・福沢諭吉大先生の言葉には、「人は生まれながらにして平等である、だからその後の勉学の取り組み方によって、人生の善し悪しは決まるものだ」とありますが(平等だ、で引用が終わってしまう事が多いので、単なる差別批判の道徳として覚えられがちですが、誤りです)、突き詰めてしまうと、人間のその営為というものは、時間というリソースにほぼほぼ還元されていく定めにあるかと思います。

生き方の多様化、あるいは個人のライフスタイルに介入しようとする社会通念の矮小化といった現象は、日を追うごとにその拡がりを見せつけている感がありますが、そうは言っても我々の100年単位のライフサイクルを俯瞰するに、幾らかの地点でフェーズやステージの切り替わりというものが見受けられることは否めません。

もしかすると、いま現在の自分の価値観においては「最良の時間」と思えている体験も、人生のフェーズが変わることによって、過去の汚点と姿を変える可能性だってあるわけです。

そしてもちろん、それ自体に悪いことはなく、その時々での自分にとっての最良の選択が出来ていれば、人間の生き方としてはそれでいいわけですが、それでもモヤモヤを抱えつつも惰性や他者への配慮が勝ってしまって、我を押し通せる人ばかりが世に溢れているものでもないことも、厳然たる事実ではあります。

あくまでも、人生の舵取りは自らが行うべきである、というのが、私の根源的な考えです。

そうした時、私がこの仕事の中で貴女に出来ることと云うのは、いつでも癒しや刺激を求めに帰って来られるように、場を整えておくことだと思い至ります。

発達心理学の用語にも、『安全基地』という概念があります。

日常を生き抜く上で、ストレスや困難を感じた時に、避難して帰って来られるようなホームとしての役割。

そうした巣を何処かに用意しておくことは、決して逃げや弱さではなく、むしろ合理的な判断だと私は考えています。

‡白覧強器‡

2021/08/13 諸葛求

ついこの間、自治体の行政案内で無料の歯科検診を受けて来ました。

 

ちょっとした自慢をさせてもらうと、私は歯並びはすこぶる良い方で、まー今回の検診でも虫歯も見つからず歯周病なんぞも心配無用との太鼓判を押してもらったのですが……。

 

ただ一点、改めて自分の口腔環境を見てみて気になったのが、歯の色のくすみ。

 

ワインやコーヒーを比較的常飲する人間なので、どうしてもステイン(?)による着色汚れは付きまとうところではあります。

 

そこで思い立ったのがホワイトニング。

 

それもオフィスホワイトニングではなくて、手軽にできて効き目も長持ちするらしいハウスホワイトニングをすることに。

 

と言っても、実は過去に一度経験があって、ずっと使わないまま冷蔵庫に入れていたマウスピースがあるので、通販でホワイトニングジェルを買うだけなんですけどね。

 

身嗜みはセラピストの生命線とも云えるので、今晩から面倒がらずに続けていく所存です。

‡欲以他視‡

2021/08/11 諸葛求

誰を?と問われれば、

私の最も敬愛する精神分析家は、

ジャック・ラカンということに

なるんですけど、

ジャーゴン飛びまくりの彼の記述でも、

比較的解り易い命題に、

「人は他者の欲望を欲望する」、

と云うものがあります。

 

聡明な方なら、

この一文の示すところに

二通りの読み方があると

お気付きになるかと思うんですが、

一応、補足しときますと、

1.「他者の欲望(する対象)」を欲望する。

2.「他者(から)の欲望(の念)」を欲望する。

の2パターンの意味が看て取れるわけです。

 

1.は、端的に言えばブランド信仰。

他人が欲しがる事物を欲しがるという

心理状態ですね。

 

で、2.の方なんですが、

こちらは分かりやすい例で云うと、

名誉欲や承認欲求が当てはまるかと

思います(後者は昨今何かと口にされますね)。

これはかいつまんで言えば、

他人に欲しがられることを欲しがる、

という心理状態を示しており、

1.に比べると他者との関わり方が実に直接的です。

 

いずれにせよ、

このラカンというオッサンは、

人の欲望は他者を介在しなければ成立し得ない、

という事をのたまっている訳ですが、

果たしてこれを読む貴女としては、

1.と2.のどちらの傾向が強いでしょうか。

 

以前ちらっと読んだ中村うさぎのエッセイに、

「女は女である事を確認して初めて女になる」、

的なことが書かれていたのを思い出しますが、

果たせるかな、上述のラカン先生も、

女は自然状態から発するのではなく、

意識的に『成る』ものであると記しており、

偶然なのかどうなのか、

奇妙な一致がここに見受けられます。

 

なんとなれば、

私の名前も欲望を示す一字ではあります。

求めるのが私なのか、

求められるのが私なのか、

その辺の塩梅は、逢えば感覚的に

帳尻が合うものだと考えている次第ですが。

 

個人的に云えば自分の幸せは、

なるだけ第三者を巻き込まないでいた方が、

安上がりでいて悩みも少なく済みそうかな、

と思っております。

‡面重複敗‡

2021/08/08 諸葛求

貴女は普段から、どれくらい建前を使って
暮らしているでしょうか。

社会の体系が複雑化すればするほど、
人間の意思表示というものは、
複層的で自己客観的になっていきます。

参加者が増えれば増えるほど、
ゲームというものはそのルールと戦術が多様化し、
少し前までの正攻法がその先も等しく
効果を発揮するというものでもなくなってしまいます。

さらに残酷なことには、
そのゲームへの参加者すべてが、
ゲームの勝ちを望んでいたり、
勝ちの条件を同一にしていないということ。

みな各々の思惑で、
それぞれの駒を進めているように見えますが、
恣意的にそれを歪めることを
戦術とする参加者もいる始末です。

多くの意思決定者が関われば関わるほど、
物事は歩みを鈍くし、上っ面が重なっていきます。

たった二人の参加者だけで、
単純なゲームを行うということ。

そのシンプルさ、誤魔化しのなさは、
昼の複雑怪奇な社会に身を置く私としては、
非常に魅力的に見えますが。

貴女は果たして、どう思いますでしょうか?

 

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‡暫時待願‡

2021/08/07 諸葛求

諸葛です。

Twitterアカウントでは告知しましたが、

こっちでもアナウンスは必要だと

深夜になって気付きまして取り急ぎ。

 

昨今の社会情勢を鑑みまして、

暫く出勤をお休みさせて頂きます。

 

再開の目処が立ちましたら、

改めてお知らせいたします。

 

簡素な日記となりますが、

何卒。

 

しょかつ Q

‡再帰不能‡

2021/08/03 諸葛求

質や深さの程度はありますが、
貴女は今までの人生で、
幾度の後悔を経験しているでしょうか?


が読書を好む人間だということは、
日記やプロフィールで何度も繰り返していますが、
時折とある有名な古書街に通うのも、
やはり同じくらい私に安息を与えてくれます。


専門書を取り扱う古書店が立ち並ぶ通りには、
軒先に無造作に置かれた籠の中に、
見切りの付けられた中古本が数多く収められています。


ですがこれらは、
ほんの半月も空けて次訪れた時には、
ほぼ姿を消していることがほとんどで、
私も幾度、一度手に取って目を通した後、
そのまま元の位置に戻してしまったことを
のちのちになって悔やんだ書があるか、
数え切れるものではありません。


一期一会が座右の銘です、と称する
人たちは、
世に数多く存在しますが、
そうは言っても人間ですから、
四六時中その瞬間瞬間を、常に神経研ぎ澄まして
生きられるものでもないかと思います。


だからこそ、
自分の価値観として重きを置いている物事には、
とりわけ時機を逃さないように
気を張らねばいけないものと思います。


この世に永遠不変なものなんて、
一つ
として存在はしないわけですから。

 

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‡潜旋尖展‡

諸葛求

最近、というかほぼニチで、
LINEマンガで『左ききのエレン』という
漫画を読んでいます。

デザインの世界で生きる人々の、
才能への憧れと現実を描いたweb原作漫画なのですが、
この漫画で出てきた理論に、
『才能とは、集中力の質である』というのがありました。

1.「集中への切り替えの速さ」
2.「集中の持続性」
3.「集中の深さ」

の3要素に分解され、
それぞれの値の大きさやバランスで、
向いているワークスタイルも決まるというものです。

翻ってみて、性感というサービスは、
それぞれがどのくらい求められる仕事なのだろう、
と考えてみます。

ムードの形成にはスロースタートがいい気がしますが、
実際の施術に入るときには、
テクニックへの即座の切り替えが求められる気もします。
アロマや性感の時には指先の感覚に
深く没入する必要がありますし、
それをコースによって1時間、1時間半、2時間……と
保ち続けるだけのタフネスも欠かせないといえるでしょう。

そう考えると、この仕事って、
めちゃくちゃに難しい。

私は習慣としてたまに瞑想をするのですが、
思い返すと施術の時は、
割りかしそれに近い状態でやっているような気がしていて、
無意識とはいえ上記の理屈に照らし合わせると、
実はこれは理に適っていたのだな、と、
いまさら一人で納得しています。

まぁでも、
性感に入ったら明鏡止水などどこ吹く風で、
本能的な熱が貴女の秘密を貪欲に探り当てにいくんですけどね。

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‡不可可弁‡

2021/08/01 諸葛求

さて、ここまでの日記の中で我々は、
諸葛求という男のものの見方を追ってきました。

それらを承けて、この男には何が出来るのか?
という部分が、消費者としての貴女にとっては、
目下の関心事でしょう。

以下に、私のこれまでの経歴からなる、
サービス上の得手、不得手を記載します。

【得手となるサービス】

◆店舗の定める基本プレイ

◆フェザータッチ
→パウダー性感も承ります。好評です。

◆言葉攻め
→語彙力高めです。
 嫌悪的に、事務的に、加虐的に、支配的に……
 ご希望のモードが選べます。

◆甘やかしのS
→「偉いね」「気持ちいいね?」「よく我慢できたね」など……
 日々の頑張りを性的接触と交えて、褒めて昇華します。

◆手錠&アイマスク&ボールギャグ&鞭によるソフトSM
→ボールギャグは、ご自身で用意されることをオススメします。

◆哲学を応用した対話術によるストレス緩和

【不得手となるサービス】

◆セラピストが受け身となるプレイ
◆いわゆる色恋


サピオセクシャル傾向にある方、
聴覚による快感優位の方、
M気質の方、
シチュエーションプレイに興味ある方、
などには、比較的オススメできるかと思われます。


また、ナラティブアプローチの心得もあるので、
性的悩みに対する問題の外在化も可能です。
(一般にいう、臨床的カウンセリングではありません。
 専門的な問題については、然るべき専門家をお訪ねください)


以上が、諸葛求の特性として挙げられます。
総じて、心身の定期メンテナンス役というのが、
主な使い途の実績として多いかと思われます。

ホスピタリティや技術などは、
相性の差こそあれ、
あって当たり前というところ。

論理と感性、加虐と寛容。

両極のギャップを楽しんで頂ければと思います。

貴女
のお望みに適いますように。

 

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‡直感垂訓‡

諸葛求

貴女は普段、直感と論理を比べてみて、
ちらを優位に働かせているでしょうか?

おそらく会う人の大多数が、
私のことを「論理派」だと捉えていることでしょうが、
意外にこう見えて物事を決めるときは、
ほぼほぼ直感に頼っています。

というより、
これは私の人生訓に繋がるのですが、
世の人間の9割9分9厘は、
頭で物事を論理的に体系化して分析するのに先立ち、
すでに直感で着地するゴールを決めている、
と思うのです。

筋道立てて積み上げた結果として、
とある答に辿り着くのではなく、
すでに目指すべき答が燦然と輝いていて、
その光を目の端に捉えた瞬間に、
そこまでの道のりが逆算されていく。

そんなイメージの工程が、
人間の意思決定の機構だと私は感じています。

『なんでかって?
 だって、それは、
 その方が断然に、早いんだよ。
 人生が。

良しか悪しか、損か得か、
 快か不快か、安全か危険か。

人類の連綿と続く血脈の中にある、
 遺伝として刷り込まれた無意識の判断力は、
 およそマクスウェルの悪魔に比類する働きで、
 君にとっての正誤を選び取るだろう。

そして瞬間的に選択された未来に対し、
 君の思考回路は演繹的にシナリオを
    計算したのち、
 再びその経路をそのまま逆走することで、
 あたかも帰納的推論により意思決定を
    導いたように、
 自分自身に言い聞かせている、
    ということだ……。』

……とまぁ、
『』内は脳科学の門外漢である
ただの私の詭弁に過ぎませんが、
要は意外に理屈というのは、
結論ありきで始まって、
そこからこじつけられたものであることが
往々にしてある、ということです。

なので、仮に貴女が誰かを選ぶ時、
直感的に目を惹き付けられたものこそが、
貴女にとっての正解である。
そう信じてよいと、私は考えます。

木に成るリンゴは、どうやっても地に落ちます。
ニュートンが法則を提唱したから、
地に落ちるようになったのではありません。

徳に背いて欲に墜ちる時くらいは、
ちっぽけな思い煩いなんて、
下手の考え休むに似たり、
埒の外に閉め出してみませんか?
※アイキャッチ画像:
ウィリアム・ブレイク
9.Gesang aus der Zeichenfolge zu Dantes gottlicher Komodie.》

 

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‡偏象払拭‡

諸葛求

「人は見た目が9割」、という本は、
ビジネス書におけるロングセラーですが、
タイトルだけでも聞いた事のある方は、
きっと多いことと思います。

タイトルだけ聞くと、
ルッキズムを主張した内容なのか?
と思われがちですが、実際のところは、
ノンバーバル(非言語)・コミュニケーションと
性格・気質、そして相手に与える印象との
相関性を指摘した書であり、
決して美人至上主義を謳っている訳では
ないことは、読んだ方には分かるでしょう。

しかし人間という生き物が持つ誤謬として、
やはり外見から判断される
内面性への決め付けというものは、
少なからず誰しもが持つ習性とも思います。

例えば、
「眼鏡を掛けた細身の女性は、
世間体に敏感で神経質である」、
「金髪に染めた長髪の若い男性は、
快活さはあるが粗野で乱暴である」、
「警察官の制服を着ている男性は、
警察官を生業としている者である」、
などなど……。

実際、私と会ってみてイメージと違った、
という方は、これまでにも何人かは
いらっしゃるかと思われます。

書き言葉と話し言葉とは、
決して一致するものではないと分かっていても
(逆に、メール文化の発達によって、書き言葉と話し言葉が極端に一致してしまうケースも増えてはいますが……)、
それでも私の書く日記とプロフィールから
形成される初期イメージというものは、
抗いがたい束縛の力を持つことでしょう。

我々セラピストもまた人間なので、
お客様とのやり取りでは、
ファースト・インプレッションに
イメージが釣られてしまうことは
否定し切れません。

すが、不思議なことに、
肌を重ねる過程を経ることで、
余計な第一印象というものは
砂文字のように消え去っていき、
その人なりの可愛らしさ、
愛らしさというものが、
帰り道ではごく自然と出てきているものです。

これはやはり、
非日常的な体験を二人で共同した、
という事実が、
いかに心的距離を一足飛びに縮めるかの
証明であるように思われます。
そして心的距離の接近は、
安心感と幸福感を得るためには、
絶対条件に違いありません。

どうぞ日常では味わえないことを、
たくさん試してみてください。
それだけの用意が、
私の中には揃っています。

勇気を持ってドキドキを楽しめれば、
見せ掛けではない、
本物の幸福感が、
貴女を迎え入れてくれることでしょう。
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‡千載不帰‡

2021/07/29 諸葛求

つい1年くらい前に、
サンドピクチャー」なるものを
購入しました。

フレームで固定されたガラス板の間に、
水と複数色の砂が入れられていて、
フレームの向きを回転させると
水中を砂がゆっくりと落ちていき、
模様が変わるという代物です。

砂の色ごとに比重が違うので、
ある程度は色の縞模様が決まってくるのですが、
決して同じ模様にはならず、
一度動かすと二度とは戻らないその有様に、
ある種の儚さを覚えてしまいます。

理論上、無限に近い試行回数を続ければ、
同じ模様が再現される可能性も
ゼロではありませんが、
そんなことは天文学的数字の果て、
まさに奇跡と言って差し支えない領域のお話です。

ここでニーチェを引用したり、
熱力学の法則をひけらかしてみたり
することも可能ではありますが、
いまはひとまず、
この時代、人の行ける距離で会うことが
出来るということの意味を、
いま一度思い起こしている夜でした。

 

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‡電影虚来‡

諸葛求

私も例外では無いのですが、
世間的にテレワークやテレビ会議などの
非対面コミュニケーション・ツールが
発達したことで、
実は顔をよく知らないけど
その割には付き合い長いな、
という取引関係が急増しているようです。

まぁ考えてみれば、
ワールドワイドウェブ、というよりも、
無線通信という技術が誕生したその時点から、
すでにそうした
「会ったことの無い顔知らぬ友人」
という立場は、
この世に登場していたわけですが……。

それでもやはり、
一部の業界や限定的な趣味人を外せば、
昨今の状況が到来する以前において、
電波のみを介した繋がりというのは、
そこまで人口に膾炙していなかったと思います。

そうなると、次に当然浮かんでくるのは、
対面する必然性を持つ相手とは、いったい誰か?
(翻って、対面しなければ意味が無い相手とは誰か?)
という問題になるのですが、
これはもう貴女もご承知の通り、
我々のような立場の者が
筆頭に来ることでしょう。

同時的に同じ空間に居る、ということは、
大概のサービスでは価値提供に際する手段
(あるいは、手段のための前提条件)に過ぎません。

『なぜ、その人と同じ時間・
    同じ場所にいなくては、
快や利得が得られないのか?』

貴女の推しにおけるその『Why?』を
突き詰めて考えてみるのも、
より一層女風を楽しむための
一助となることでしょう。

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‡一点睛注‡

諸葛求

長い雲の列が過ぎ去って、
ようやく太陽の天下が続きそうです。

男女共に、装いも涼しくなるこの頃、
貴女もお洒落には悩み始める時期ではないでしょうか。

年々、平均気温が上昇傾向にありますが、
その上のマスク生活で、
息の詰まる窮屈さは否めないと思います。

最近は冷感マスクのような製品も出てきて、
デザインにも凝った商品が数多く
店先に並んでいますが、
中には攻めたデザインのものもあったりで、
軽い気持ちで買いに行ってみると、
店先で頭を悩ませてしまいますよね。

個人的に思うのが、
ファッションというものの中で、
装飾品の力というのは
意外に侮れないものだな、ということです。

私は帽子が好きで、
デザインの気に入った帽子を集めるのが趣味で、
私服でも基本的に帽子を被っています。

昨今は何かとシンプルな
ファストファッションが好まれがちですが、
ここに帽子やアクセサリーを
ワンポイント付け加えるだけで、
割とその人のセンスが表れてくると思っています。

型にハマったフォーマルさよりも、
アレンジメント力が試される時代です。

私も触れる相手に合わせながら、
心遣いをアレンジしていきたいものです。


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‡与巡返報‡

2021/07/28 諸葛求

近頃、以前に読んだ人類学の名著を、
改めて読み返しています。

この本の骨子は、
一言にまとめてしまえば、
「贈り物には返礼の義務が必ず付きまとう」、
というものです。

各地域の部族社会や
中世期西洋の風習を比較研究してみると、
いずれのどのような集団にあっても、
近代経済システムにあるような
単純な「貨幣による売り買い」とは
別種の交換関係が、
世界的に見受けられるそうです。

その交換関係の中では、
贈り物とその所有者は
同一のものと看做されることが多く、
贈られた物は丁重な扱い、
時には権威の象徴として取り扱われ、
それを粗末にしたり捨てたりすることは
禁忌であり、
持つものに一種の呪術的な拘束力さえ
発揮するのだと言われています。

これが示唆するところは、
こうした場で行われるのは、
単なる物質同士のやり取りだけでなく、
その社会における儀礼的な形而上観念が、
同時にやり取りされているということを
意味します。

とりわけ注目すべき点は、
贈られた側は、
贈られた物以上の価値を持つ返礼を、
なかば義務づけられているということです。

これは視点を変えると、
この交換関係においては、
何かを誰かに贈ったならば、
贈った側は贈った物以上の返礼を
手にすることが、
超法規的な次元で約束されている、
という風になります。

……ところで、
日本語には『稼ぐ』という言葉
(あるいは漢字)があります。
これを読んでいる貴女自身も、
日々何がしかの方法を用いて、
金銭を『稼』いでいることでしょう。

辞書を引いてみると、
『稼』は稲が実る様を表す形声文字で、
転じてその意味は「稲を植える」になるそうです。

現実の農業に照らし合わせると、
種となる稲を田や畑に植えることで、
その稲はやがて数十倍もの収穫をもたらし、
稲を植えた者は、結果的に投じた原資よりも
多くの利得を手にする事になります。

残念なことに、現代日本の企業文化では
こうした先行投資という観念は
とっくに廃れた意識である感は否めませんが、
産業による経済の発展とはつまるところ、
「金持ちが機械を買うこと」から端を発します。

投資する稲なくしては、
大きな収穫は得られない。
(収穫は、需要とも言い換えられるでしょう)

先ずはおのずから手放すことで、
それはそれ以上になって帰ってくる。

奇妙なことに思われるかもしれませんが、
人の営為の真髄とは、
『与えよ、さらば求められん』、
に尽きるのかな、と、最近思います。


ちなみにこの本では、
それとは別に以下のことも逆説として記しています。

それはすなわち、
「分別なく無闇矢鱈と物を
贈りまくる者は、
上記のような呪術性を無視・排斥した、
極めて恥知らずな者である」、と。

……節度はどちらの方向でも必要のようです。

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‡客神偏遇‡

諸葛求

『マレビト』という専門用語が示す通り、
極めてその発生が稀少となる
「文化の混淆・変容」というものは、
いつも外来者をきっかけに
もたらされるようです。

元来の民俗学的定義に則れば、
マレビトはウチの境界より
ソトの場所からやって来る、
地理的・位置的な観点による
概念かと思われますが、
ネット・グローバルな昨今においては、
ウチもソトもいかんせん
境い目が曖昧としていて、
実のところ、自分以外の他者というのは、
すべてソトになってしまっているのかも
しれません。

ついこの前、20年来の時を経て、
ようやく物語が完結した
「新世紀エヴァンゲリオン」ですが、
あの作品に出てくる『ATフィールド』などは、
まさしくパーソナルスペースのウチとソトを
暗喩するものだと、多くの考察にもあります。

大抵の昔話にもある通り、
ソトからやって来るマレビトというものは、
異質で、不可解で、ウチの調和を乱すもので、
それは時として畏怖と侮蔑の対象であり、
また同時に畏敬と歓待の対象として、
ウチ側の視点からは捉えられています。

現代において、自分以外の他者が
すべてマレビト化しているというのなら、
今の世の中はどこを見渡しても、
異界しか広がっていないのでしょうか?

果たしてそうなのかもしれません。

人は所詮、究極的には孤独であるというのは、
私の価値観の大きな核のひとつです。

ただ幸いなことに、
もはやフォークロアの時代が
遠く過ぎ去った近代の社会では、
飢饉による姥捨や
子どもの口減らし問題などは、
同じく昔話となっています。

マレビトはもはや、
客人(まろうど)の神でしかありえない。
マレビトがもたらすのは、
秩序の崩壊ではなく、
秩序の肯定的な変容である。

そう考えると、
初めて出逢う見知らぬ他者というのも、
警戒すべき相手としてではなく、
両腕を広げて迎え入れた方が、
今日となっては得策なのかもしれません。

隙間なく自己の殻を保ち、
ウチなる自我を堅固し続けることは、
それはそれでなかなかエネルギーを
消耗することに思われます。

むしろその殻を柔らかくして、
外界からの異人に歓待で接すれば、
自らのウチこそがソトよりのマレビトになり、
自分だけの文化をより昇華されたものに
変容できるのでは、と、
徒然ながら考えていました。

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‡相対貌乱‡

2021/07/27 諸葛求

何か物事に対峙するとき、
私の中にはふたりの人格が宿っています。

こう言うと、多重人格?
と訝しがる方もいるかもしれませんが、
これは何も特別な事ではなく、
誰しもが秘めている極めて当たり前な性質です。

ひとつは、
予定調和や安定を好む、
規則型のAの私。

そしてもうひとつは、
偶然や未知数を好む、
気まぐれ型のBの僕。

人はこの両極の間を、
行ったり来たりしながら過ごしています。

Aの私は計画立てを好み、
それがその通り実行された時に、
大きな達成感を得ます。
これは、おそらく昼の時間の私。

一方、気まぐれ型のBの僕は、こちらの夜の仕事の時によく顔を出し、状況や相手の女性に
徒手空拳のまま直面し、機転やアドリブでその時間を走り抜けることに快感を得る側面があります。

これらは別に、この時の自分はこっちの自分、
というものでもなく、
その時そのシチュエーションによって
どちらの気質が優位に出るか、という
配合比に過ぎないものでもあります。

見た目や話しぶりはおっとりと静かなので、
貴女はもしかしたらAの私を見ているかもしれませんが、
その実、僕は性に関してはとことん冒険家なので、
施術が始まればきっと少年の眼差しで
貴女の隅々を探っていることでしょう。

この世に女体ほど神秘的なものはないのだから、
仕方のないことですよね?

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‡金屏風扇‡

2021/07/26 諸葛求

いよいよ真夏日を迎えるようになりましたね。

先日、冷感マスクを購入して
初めて装着してみたんですが、
やっぱりただの不織布マスクに比べたら、
風通しが良くて快適でした。

今年の夏はオーバーサイズなファッションが
流行りのようで、GUで見つけた
シルエットのゆるいTシャツと
バルーンパンツが安いわりに質が良くて、
この暑さを何とか乗り切れそうです。

そんでもって、この季節に欠かせないのがセンス。
扇子ですね、扇子。

二、三年前にどこかの美術館で買った、
尾形光琳(かな?)の松の屏風絵を
あしらった金色の扇子は、
僕の夏の必携品です。

日差しに汗だくになった後でも、
電車の中でこれを三、四回ほど煽げば、
空調の効いた風がスワァァーッと首筋を
撫でてくれるので、
たちまちシャッキリした気分になります。

施術時にも持ち歩いてるので、
シャワーの後に火照った体を冷ますのにも
何気に役立ってたりしてます。

僕の夏のお気に入りアイテムです。

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‡口音銘確‡

諸葛求

私は根っからのメモ魔で、
この日記を含め、
思い付いたアイデアや生活上のToDo、
読んでいる本への書き込みや仕事上の記録など、
端書きをしない日は一日としてありません。

青年実業家の前田某さんの
「メモの魔力」という書も、
少し前に人気を博しましたが、
自分の頭の中をアウトプットすることは、
脳の活性には非常に有効なことです。

今の時期、職場や所属を新しくした方は、
その環境にようやく馴染んできたかという
頃かと思われますが、ビジネスにおいて
業務上のメモを取る事は、昔から推奨されている
古典的な反復習熟の方法です。

特に重要なのは、「手書きで書く」、という点で、
自らの手先感覚で記された物事というのは、
それだけでその動作自体が
書かれたものと連結されて、
深く記憶に刻まれる効果があるようです。
(また、手書きには書いたことの相関関係を
マッピングできたり、イメージ図を書き足せたり
といったメリットもあります)

ところで、いま述べたメモの効用は、
思考の整理やタスク管理などの
実務的な側面についてでした。

これを感情的な側面、
例えば「気持ちいい」というような
観念に当てはめてみると、
何が起こるでしょうか。

理性的思考の場合、
アウトプットのやり方は記述が好ましいものです。

しかし感官的情動の場合に
相応しいアウトプット法は、
「発声」であると私は考えます。

「おいしい」「ねむい」「たのしい」
「むかつく」「さみしい」「しあわせ」……。
これらはいくら紙に書き出して眺めてみても、
字面だけではその力の大きさまでは量れません。

ですが、これらの言葉を口に出して唱えてみる。

その時貴女は、
思い起こされた体験の時と同じくらいの声量で、
その言葉を発しようとするのではないでしょうか?

気持ちの表出には、
方向づけと同時に圧力が肝要だということです。

なので、気持ちいいことがあった時には、
声を大にして、
「気持ちいい……!」と言ってみましょう。

そうすることで、
貴女の中にメモリーされたその快感は、
「気持ちいい」という言葉と結び付いて、
深く心に刻まれることと思います。

もちろん、
シーツを歯噛みして声を押し殺すのも、
それはそれで脳が学習するでしょうが。

貴女はどんな言葉で
その快感を銘記していますか?

 

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